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伯母さんのレシピ

 ・  ・  ・  ・ 再び春



白ワイン

クッキングは芸術だ。

大きな瞳を輝かせて、マルコは主張した。興奮のあまり、頬が赤くなっている。

肉、魚介、野菜、すべて自然の恵みを内に包み隠している。それを引き出し、組み合わせて芸術作品を作り出すのは料理人の腕だ、インスピレーションだ。

 アシュリーはうなずいて賛同の意を表した。「セレスティーナ」のオーナーシェフ、マルコ・コバヤシの顔はエル・ローブルの町ではよく知られている。グルメを自認する連中が、ちょっとおしゃれな食事とワインを楽しもうという時に選ぶのが、「セレスティーナ」だった。政治的、文化的な会合にケイタリングの注文を受けるのはしょっちゅうだったし、しばしば、結婚披露宴でレストランは貸切になった。

「クッキングは芸術。あなたもそうお考えですか」

アシュリーはシェフの隣にすわっている女性に顔を向けた。チェリーはマルコの妻で、「セレスティーナ」の共同経営者。「セレスティーナ」がここまで大きくなったのは、マルコの料理もさりながら、チェリーのビジネス手腕によるところが大きいとも言われている。マルコとチェリーはいわば二人三脚で、「セレスティーナ」を町一番と言われるイタリアンレストランに育てあげたのだ。チェリーは日本人。長い黒髪をシニョンにしてまとめている。仏像のような一重まぶたの目は、どこか神秘的な、ある人に言わせれば、神々しい表情を浮かべているが、笑うと糸のように細くなって、思いがけない愛嬌を見せる。チェリーはその細い目を伏目がちにして考えていたが、ぱっと顔をあげるとにこやかに笑った。

「わたしにとっては、クッキングは愛ですね」

「愛?」

「ええ。おいしい料理をお出しして、おもてなしをする。こちらがお客様に愛をさしあげれば、お客様も『セレスティーナ』を愛してくださる。クッキングは愛なんです」

チェリーは隣のマルコとちらりと目を見交わした。一瞬、二人の間の空気に電流が走ったのをアシュリーは見逃さなかった。この二人は結婚して十年以上になるはずだ。それでもまだ、ハネムーンの火が消えずにいる。とろとろと静かに弱火で燃え続けている。アシュリーはひそかに羨望を感じた。アシュリーはチェリーより十歳は若い。だが、こんな視線を恋人と交わしたのはいつだっただろう。

「今度の秋のコンテストですが」アシュリーは話題を変えてシェフに向き直った。

「出品なさいますか?」

エル・ローブルの町では秋になると、ワイナリー協会主催の新酒祭りが開かれた。町のグルメがそろって参加するそのパーティの「ワインの友」コンテストで、去年、番狂わせが起きた。新しく開店した「ヴィンヤード」のオーナーシェフ、アルマンディのInsalata di gamberi alla menta (シュリンプサラダ、フレッシュミント添え)に、マルコのTarta di peasce (フィッシュとシュリンプのタルト)が敗れたのだ。

「もちろん」マルコはきっぱりと言った。

「『ヴィンヤード』はいいレストランだし、アルマンディ氏はすぐれたシェフだ。僕は尊敬しています。でも、コンテストで首位をとるのは、『セレスティーナ』ですよ」

チェリーは再びちらりとマルコの方に視線を投げた。細い目に警戒の色がある。

「王座奪回の宣言と受け取ってよろしいのかしら」

「はい」

チェリーはテーブルの下で、マルコの脚を蹴った。

「自信がおあり?」

「無ければこんなことは言いません。皆さんをあっと言わせるような料理をお目にかけますよ」

「それはそれは……。楽しみです」

アシュリーは満足そうに言った。

 

「どういうつもり?」

タウン誌の記者が帰った後、チェリーはマルコにかみついた。

「何がだよ」

「コンテストのことよ。王座奪回宣言なんて。『ヴォイス』は大見出しで載せるわよ」

「いいじゃないか。そのつもりで言ったんだ」マルコはにやにやしながら言った。

「今度の首位は『セレスティーナ』のものだ。それとも君も、僕がまた負けると、そう思ってるのか?」

マルコは笑いをひっこめて、じっとチェリーを見た。チェリーは言葉に詰まった。正直言って、その可能性もあると思っていた。マルコはいいシェフだが、アルマンディもそうだ。マルコが去年負けたのは、マルコの料理がアルマンディに劣っていたからではない、とチェリーは思っていた。単に、人が新しいものを求めたのだ。マルコは十年にわたって首位を独占した。そろそろ、新旧交代の時期だと人が思っただけだ。人の心は移ろいやすい。そんな風に人気取りにあくせくするのは馬鹿げている。マルコと『セレスティーナ』の料理を愛しているお客はちゃんといるのだ。彼らのために、おいしい料理を出し続ける方がずっと大事だと、チェリーはマルコに言ったのだが、マルコはきかなかった。

「どうなんだよ。僕が負けると思うのか?」

「もちろん、そんな事、思ってない」本心は言えない。

「じゃあ、僕が勝利宣言して何が悪いんだよ」

「あんまり子供っぽいからよ。戦争じゃないのよ。たかが料理で…」チェリーは失言したことにすぐ気づいた。

「たかが、だって?」マルコの顔が赤くなった。

「悪かったわ、取り消す」

「たかが料理! 僕はそのたかが料理に命かけてるんだ。僕の一生の仕事なんだ。たかが料理!」

「悪かったって言ってるじゃないの」

「君がそんなこと言うなんて、信じられないよ」マルコは顔をそむけた。

チェリーは腹のなかで、マルコをののしった。このスーパーセンシティブなエゴ。それをわかっていながら、口をすべらせた自分にも、腹をたてていた。二人はしばらく黙っていた。

「それで? 何を出すの?」チェリーが先に口を開いた。さもないと、マルコは意地になって、いつまででも黙りこくっているだろう。

 「考えはある」マルコはまだすねた顔で、ぶすっと答えた。

「何?」

「サリー伯母さんのレシピを使う」

「何ですって?」

「サリー伯母さんのソースだよ」

チェリーは誰かが死んだ知らせを聞いたような気がした。

「何か新しいものが、全く新しいものが必要なんだよ」マルコは弁解するように言った。

「君も言ったじゃないか。腕で負けたわけじゃない、客が目新しいものにとびついただけだって」

だからと言って…。

「わたしは反対よ」

「なぜ?」

「不吉だからよ。あれが極上のソースだってことは認めるわよ。魂を奪われるような、不思議な味がした。だけどね、サリー伯母さんがあのソースを出したのは、葬式の時だけよ。おとむらいのソースなのよ。ペナンス・ソース。贖罪のソース。そう呼んでたのよ。あなただって知ってるじゃないの」

「伯母さんが何て呼んでたなんて、問題じゃない。ソースはソースだ。僕らでもっと良い名前をつけてやればいい。あのソースは絶品だった。肉にも魚にも野菜にも合った。それぞれの食材の風味を上手に引き出して、見事に調和させた。まるで、一流の指揮者が、最高のオーケストラを指揮して、完璧な和音を響かせるみたいだった。あのソースがあれば、『セレスティーナ』の王座は固い。僕はアルマンディの畜生に勝てる」

チェリーは冷たい目で、マルコを見た。

「結局、そこね。つまらない勝ち負けの問題なのね」

「ちがう! 『セレスティーナ』の名誉がかかってるんだ」

「ご勝手にどうぞ。わたしは手伝いませんからね。お山の大将のエゴに付き合うのはまっぴらよ」

「ああ、勝手にするよ」売り言葉に買い言葉だった。

「見てろよ。アルマンディにも審査員の阿呆どもにも、ほえ面かかせてやる」

 

伯母さんと呼ばれていても、実際はサリー伯母はマルコではなく、マルコの父の伯母さんだった。本当なら、大伯母さんと呼ぶところだが、マルコも、いとこのラナも、サリー伯母さんと呼んでいた。サリーというのも本名ではなく、本当はサトというのだと、ラナはチェリーに教えた。サトという日本名は、アメリカ人には呼びにくいからと言って、サリーと名乗るようにしたのだそうだ。

サリー伯母は、太平洋戦争が終わって間もない頃、ハワイに渡ってビル伯父と結婚した。戦争花嫁というのだと、ラナは言った。そのまま一度も日本へ帰ることなく、ずっとハワイで暮らし、三年前に亡くなった。ビル伯父はその前に亡くなっていたし、二人の間に子供はいなかった。マルコの父とラナの母は、サリー伯母さんの弟の子供にあたる。この弟という人―つまり、マルコの祖父だ―は、姉を頼って広島からハワイへ渡ったが、すぐにアメリカ本土へ移った。マルコの一族―コバヤシ家は今、オレゴンからカリフォルニアの太平洋岸一帯に散らばっている。ただ、ラナの母親だけは結婚後ハワイへ戻り、サリー伯母さんの近くで暮らしていた。サリー伯母さんが死んだ時、その小さな家と、わずかな貴金属類は、遺言でラナの母親に譲られた。もし、サリー伯母さんのレシピについて、誰か知っている人がいるとすれば、ラナか、ラナの母親しかいない。

マルコが、ラナに電話をかけている。サリー伯母さんのレシピを捜してくれと、頼んでいるのだ。話の様子じゃ、ラナは渋っているらしい。レシピなんか、見つからなければいい、とチェリーは思った。チェリーは、サリー伯母さんが嫌いだった。千恵を、「チェリー」にしてしまったのは、サリー伯母さんなのだ。初めて会った時、「千恵なんて、アメリカ人には呼びにくいわ。チェリーにしなさい。かわいくていいじゃないの」と言い、それ以来、チェリーとしか呼ばなかった。千恵は腹を立てた。呼びにくかろうがなんだろうが、千恵は自分の名前が好きだった。勝手に変えられたのは気にくわない。だが、「チェリー」は徐々に浸透し、「千恵」を圧倒した。マルコまでが、チェリーと呼ぶのだからしょうがない。実際には、自分のレストランを持つようになってみると、呼びやすく、覚えやすい名前はプラスなことがわかってきた。それでも、最初に受けた悪印象はそうそう変わるものではなく、チェリーは、サリー伯母さんとの間に海があることを感謝した。サリー伯母さんに会うのは、年に一度、レストランの比較的暇な八月に、マルコと一緒にラナの家に骨休めに行く時に限られていた。

サリー伯母さんは小さなコテージ風の平屋建てに、ビル伯父と、大きなおかめインコと暮らしていた。ビル伯父は庭師で、契約している家を回って芝を刈り、庭木の枝をおろす。ほとんど家にはいなかった。たまの休日も、自分の家の小さな庭で花壇を掘り返したり、ブーゲンビリアを剪定したりしていた。サリー伯母とビル伯父は、お互いの縄張りを決めて暮らしているように、同じ家にいながらほとんど顔を合わさず、口もきかなかった。ビル伯父の縄張りが庭だとすると、サリー伯母さんの縄張りは家の中だった。カーペットにはいつもきれいに掃除機がかかっている。一点の曇りもなく磨かれた窓には、赤い花と小鳥の模様のカーテンがかけられている。食器戸棚も、コーヒーテーブルもワックスをかけてつやつやと光るまで磨きこまれ、そこにサリー伯母さんお手製の白いレース編みのドイリーが敷かれている。ウエッジウッドでコーヒーを頂きながら、つい、汗で粘ついた指の跡をテーブルにつけた時には、チェリーは身がすくむように思った。

料理についても、サリー伯母さんは凝っていた。ソースやハーブやスパイスをせっせとそろえた。パスタもパイもうどんも、一から自分で打った。庭でとれたイチゴや杏を煮てジャムを作った。サリー伯母さんのチキンキャセロールやラザニア、フルーツケーキやレモンパイは、家族や友人の間で評判だった。誰もがレシピを知りたがったが、サリー伯母さんは軽くいなして絶対に教えようとしなかった。何百というレシピは、全て五インチ×十インチのカードに、一つ一つ、サリー伯母さんのちまちました文字でびっしりと書き込まれ、分厚いファイルにとじられていた。マルコが知りたがっているソースのレシピもその中にあったはずだ。

チェリーは二度だけ、サリー伯母さんのソースを味わったことがある。一度目は、ラナの父が癌で亡くなった、その葬式の時だった。弔問に訪れた人々のために、客間には軽いスナックが用意されていた。サラダやパスタやキッシュの間に、さり気なく、ガラスのボウルに入れられて、そのソースは置かれていた。なめらかでつやつやと光るソースは、ちょっと見にはチョコレートソースのように見えた。だが、人々がそのソースをサラダにかけ、パスタにかけ、チキンにかけ、ポテトチップにまでつけて食べているのを見て、チェリーはチーズトーストを取ると、とろりとしたソースをつけて口に入れた。驚きが口のなかで弾けた。舌の先をくすぐるソースの微妙な味わい。豊かで、それでいて軽やかで、華やかで、それでいてすっきりとした後味。心をとろかすような、不思議な風味。めくるめくような感覚の狂乱。チェリーはほっとため息をついた。気がつくと、肌に粟粒が立っていた。隣ではマルコが、クラッカーの先につけたソースを口に入れ、目を閉じてその中に溺れているところだった。マルコがようやく目を開き、チェリーと同じように、ほっとため息をもらすと、チェリーは、これは何と尋ねた。

「サリー伯母さんのソースだよ」

マルコは、うやうやしく、厳かな口調で言った。

二度目にサリー伯母さんのソースを味わったのは、ビル伯父さんの葬儀の時だった。客間に並べられた様々な料理の間に、見覚えのあるチョコレート色の、つやつやしたソースが置かれていた。その時、チェリーは、サリー伯母さんがこのソースをペナンスソース(贖罪のソース)と呼んでいること、これを出すのは葬式の時に限られていることを知ったのだ。チェリーは何となく落ち着かなかった。そういう事情を知ってみると、ソースに手を出すのがためらわれた。だが、まわりのみんなはいかにも嬉しそうに、たっぷりすくって、どっと温野菜の上にかけ、キャロットやセロリのスティックを突っ込み、パスタの上に回しかけている。生きているのが幸せといった無邪気な顔で、ペナンスソースを味わっている。チェリーは馬鹿馬鹿しくなった。気のまわし過ぎだ。チキンウイングを取ると、ペナンスソースをかけた。ぐっと噛みしめると、天上の喜びが舌の上にころがった。

 

マルコが電話を切った。こっちを向いて、暗い声で言った。「サリー伯母さんは、亡くなる前にレシピを全部焼き捨てたそうだよ」

チェリーはほっとした。「じゃあ」

マルコは負けん気の強さをむき出しにした。「構うもんか。僕はあのソース、よく覚えてる。結局、最後に頼れるのは自分の舌と本能だけなんだ」

翌日からマルコは閉店後、調理場に一人残って、研究を始めた。


夏野菜

「ヴォイス」は、マルコの勝利宣言を大々的に載せた。「セレスティーナ」オープン以来の常連客、ハンク・プリチャードは眼鏡の奥のおだやかな目に懸念の色を浮かべて、いいのかい、とチェリーに訊いた。

「わしはマルコの料理が好きだから、ここに通ってくるんだ。料理はスポーツじゃない。いろんな味があっていいんだ。それをこんな風に、勝ち負けの問題にしちまうと…。負けた方は深手を負う。そうだろう?」

「ヴォイス」は「ヴィンヤード」のアルマンディにもインタビューしていた。ジュリアーノ・アルマンディは、取り澄ました顔で、そつなく質問に答えていた。

「コバヤシ氏は非常にすぐれたシェフですよ。彼の独創的な料理の才能にはいつも感心しています。しかし、ワインに合う料理、それもワインに合うイタリア料理を創り出すには、何と言いますか、一種の勘が必要なんです。何代にもわたってパスタを食べ続けてきた身体の中に流れる血が教えるものなんですな。挑戦、受けて立ちますよ」

チェリーはむっとした。この馬鹿丁寧なコメントには、露骨なとげがある。日系であるマルコの血筋に対する、むき出しの揶揄だ。確かに、マルコが生まれた時、親がつけた名前はマルコではない。マークだ。イタリアへ修業に行ってから、マルコは名前をイタリア風に改めた。自分の愛する世界に少しでも近づこうとしたのだ。それを……。チェリーは唇をかんだ。

マルコは「ヴォイス」の記事についても、アルマンディのコメントについても何も言わなかった。調理場にこもって黙々と働き続けた。材料と分量を書きつけた紙の束だけが、段々厚くなっていく。

二週間ほどして、食事に来たハンク・プリチャードはチェリーに、エル・ローブル・ハイの謝恩会は残念だったな、と言った。チェリーはきょとんとした。

「マルコは何も言ってないのかい? 今年のケイタリングは、『ヴィンヤード』に決まったんだ」

チェリーは顔から血の気がひくのを感じた。過去五年間、「セレスティーナ」が受けてきた注文だ。そろそろ謝恩会を主催するPFAから連絡があると思っていたところだった。ハンクはシティ・カウンシルに勤めている。そういう情報は早かった。

「あまり気を落とすなと、マルコに言ってくれ。こういうものは、持ち回りなんだ」

 店を閉めた後、チェリーは調理場へ行った。マルコは一人で、せっせとセロリを刻んでいた。傍らの鍋から蒸気が立ち上り、ハーブの匂いがする。トントントントントントン。包丁がまな板にあたる音が、がらんとした調理場にリズミカルに響く。

「マルコ」

マルコは返事をしなかった。うつむいたまま、一心にセロリを刻んでいる。トントントントントントン。

「マルコ。謝恩会の件、なぜ黙ってたの?」

トン。包丁の音が止まった。マルコは包丁を握ったまま、石になったように動かなかった。チェリーは息を呑んだ。マルコの頬を、すっと涙が伝った。マルコは包丁を置くと、顔をそむけた。頑固な横顔を再び涙が濡らした。

チェリーはうしろからマルコを抱きすくめた。勝気なくせに、気が小さくて優しいマルコ。荷厄介なプライドばかり高くて、傷つきやすくて。チェリーはそんなマルコを愛してきた。時折は腹を立てながらもかばい、愛しんできたのだ。大丈夫よ、マルコ。きっと勝てるから。あなたなら、きっと勝てる。低い声で囁き続けた。

 

チェリーはラナに電話をかけて、レシピを催促した。ラナは困ったような声を出した。

「マルコに頼まれたから捜したんだけど、全部焼いちゃったみたい。ただね、走り書きしたメモみたいなものは出てきたの。体裁からするとレシピらしいんだけど、わたしには読めないの」

ラナも、ラナの母も日本語は読めない。それはマルコも同じだ。

「マミーが言うには、サリー伯母はレシピを整理してカードにする前は、メモを見ながら料理してたっていうから、それかもしれない」

チェリーの胸は躍った。そのメモの束を速達で送ってくれるように頼んだ。マルコに話すと、マルコは有頂天になった。

「きっとそれだよ。カードは焼いたけど、下書きを処分するのを忘れたんだ」

「なぜ、サリー伯母さんはレシピを全部燃やしちゃったのかしら」

「自分以外の誰にも作らせないって執念だろ。エゴだよ」

「なぜ、贖罪のソースなんて呼んだのかしら」

「葬式の時にしか出さないからだろう?」

「なぜ、葬式の時にしか出さなかったのかしら」

マルコは見当もつかないといった風に、肩をすくめた。

 

UPSで送られてきた紙の束は、まさしくレシピだった。黄色くなったわら半紙、広告の裏、ノートの切れっぱし、便箋の裏などに、サリー伯母の几帳面なひらがなで、びっしりとレシピが書きつけてある。おきつねさん、というのがあった。はやしらいす、ごもくめしというのがあるかと思うと、あばかどうととめいとのサラダというのがある。ここにあるのは、五十年に及ぶサリー伯母さんの料理の歴史だ。その中に、チェリーはぺなんすのソースと書かれた染みだらけの便箋を見つけた。マルコは踊り上がった。

「それだ! 早く読んで! 材料から」

チェリーは困惑した。「そういう風には書いてないわ」

最初の一行は、こう読めた。

「ばだはひやしておく。あとできゅうぶにきる」

チェリーは紙を置いた。「これ、メモなんでしょう? サリー伯母さんは思いつくままに書いたのよ。あとで、カードにした時にはきちんと整理したんでしょうけど」

「わかった。そのまま読んでいって。後で僕が自分でレシピにするから」

翻訳は難航した。筆跡自体は読みやすい。サリー伯母さんはちまちました、几帳面なひらがなを書く。問題は単語だった。英語と日本語が入り混じり、時々、どっちだかわからないのだ。そいそうす、とある。しょうゆ。これはすぐわかった。あーぶ。これはハーブのことだろう。こっとうそうすという言葉にぶつかった時は、チェリーは三十秒ほど考え込んだ。カクテルソース! それでも少しづつ、チェリーはサリー伯母さんの料理用語に慣れていった。せおりーをこまかくちょっぷする。―セロリを細かく切る。みゅうく―ミルク。ばだ―バター。サリー伯母さんは、五十年アメリカで暮らしている間に、日本語の単語を忘れてしまったのだ。サリー伯母さんにとって、牛乳はミルクであり、にんじんはキャロットなのだ。だが、正規に英語教育を受けていないから、耳で聞いた音をそのまま、ひらがなで書いたのだ。そう理解すると、あとは簡単だった。チェリーは何となく、痛ましいような気持ちを感じながら、すらすらと読み進んでいった。マルコは一心にメモをとっている。

「次。鍋に一カップの…」

チェリーは立ち往生した。マルコは顔を上げた。

「どうした?」

「ここ、わからないわ」

「読めないの?」

「読めるんだけど、意味がわからないのよ」

「何て書いてあるの?」

「一カップのはわたを加える」

「はわたって何?」

「さあ…」

「日本の食材?」

「聞いたことない」

「本当に、はわたって書いてあるの?」

「まちがいないわよ。ひらがなで、は・わ・たって書いてあるのよ」

その時、頭の中に何かが閃いた。サリーは大きな声で、ひとつひとつの音にアクセントをつけて発音してみた。はっわったっ。はっわた。はっわーたー。同時にマルコも理解した。Hot Water! マルコはアメリカ人の発音で、チェリーは日本人の発音で、一緒に叫んだ。二人は顔を見合わせて思いきり笑った。

「どんなミステリアスな食材なんだろうと思ったよ」

マルコは目から涙をぬぐいながら言った。

「かわいそうなサリー伯母さん。熱湯ってことばも忘れちゃったのね」

チェリーはしんみりと言った。マルコは感傷とは縁がない。

「使わなきゃ、忘れるさ。次は?」

レシピは長かった。便箋の表裏を使って三枚にびっしりと書いてある。所々、消したり、書き加えたりしたところもあった。大体は鉛筆で書いてあったが、ボールペンやマジックのところもある。赤鉛筆のところもあった。何年も何年もかかって、サリー伯母さんはこのソースを作りあげたのだ。誰かのお葬式があるたびに、ソースを作り、改良を加えた。サリー伯母さんの親戚や友人や知り合いの誰かが亡くなるたびに、少しずつ、少しずつ、ソースは風味を増していく。一人、亡くなると、一味、おいしくなる。チェリーは背筋が寒くなるように思った。やっぱりこのソースを作るのはまちがいかもしれない。どうしても、嫌な気がする。

「マルコ」

マルコは顔を上げた。大きな瞳は、ぎらぎらと熱っぽく光っている。もう、手遅れだ。チェリーは言葉を飲み込んだ。行くところまで行くしかない。

「何?」マルコは怪訝そうに訊いた。

「何でもない。次、行くわよ」

 

 チェリーは翻訳を終えた。サリー伯母さんのちまちましたひらがなは、マルコの流れるような筆記体の英文に移しかえされた。一つだけ、わからない単語が残った。サリー伯母さんのレシピの最後のところ。

「ティースプーン一杯のべろを加える。沸騰させないように気をつける」

「べろって何?」

チェリーは舌を突き出して見せた。

「まじめに訊いてるんだよ」

「だから、べろよ。舌。タング」

マルコはきょとんとした。

「ティースプーン一杯の舌?」

「そう書いてあるのよ」

「何だろう? タンをペースト状にして、ティースプーン一杯入れろってことかな」

「それだったら、そう書いたでしょう? それに、日本人は料理に使う牛タンをべろとは呼ばないと思う、普通」

「わからないよ。あのサリー伯母さんのレシピだもの。普通じゃないものが、いっぱい入ってる」マルコは自分の書いたレシピをしげしげと見ながら言った。

二人は色々、試してみた。べーろ。べっろ。ベろー。べの音は、Bかもしれないし、Vかもしれない。どっちにしろ、サリー伯母さんはべと書いただろう。

「ヴァニラのことかな?」マルコは考え深げに言った。

「ベリーじゃない? イチゴか、クランベリーのジュース」とチェリー。

二人は知恵を絞ったが、これという答えは出てこなかった。

「いいよ」

とうとう、マルコが言った。「これ無しで作ってみる。作ってるうちに、思いつくかもしれないし」

マルコの頬は興奮で血の色に染まっている。作ってみたくてしょうがないのだ。気をつけて、とチェリーはつぶやいた。何に気をつければいいのか、自分でもわからないが。

翌日から、マルコは再び、閉店後の調理場にこもった。鍋はくつくつと音をたて、ミキサーはうなり、調理場の中にハーブとバターとクリームのいい匂いが漂った。マルコは楽しそうだった。少し前の、あの追い詰められたような表情は跡形もない。唇に微笑を浮かべながら、トントントンとリズミカルな音をたてて、せおりーをちょっぷしている。よかった、とチェリーは思った。不吉なソースだと心配しすぎたみたいだ。

十日後、マルコはチェリーを調理場に呼んだ。マルコの前のテーブルに白い陶器のボウルが出ている。中に、とろりとした茶色いソースが入っていた。チェリーが覚えている通りの、サリー伯母さんのソース。

「味見して」

ボウルの傍らに、軽く焼いたトーストが添えてある。だが、まず、チェリーは人差し指をソースに突っ込んだ。すくい取るようにして、指にソースをからめると、口の中に入れた。目を閉じて味わってみる。微妙な味のハーモニー。何十種類もの材料が混然と溶けあって、目くるめくような風味の宴を演じる。絶品だ。チェリーは目を開いた。マルコが、獲物を狙う猫のように目を細めて、じっとこっちをうかがっている。チェリーは微笑した。

「おいしいわ」

細く切ったトーストにつけて食べてみる。とてもおいしい。ラナの父親の葬儀で、ビル伯父さんの葬儀で食べたソースと同じ…。チェリーは首をかしげた。もう一度、ゆっくりとかみしめてみる。おいしい。でも、サリー伯母さんのソースとは少し違う。あのソースはもっと…もっと…何と言えばいいのだろう。チェリーは問いかけるように、マルコの方を見た。

「違うだろう?」

 チェリーはうなずいた。「何て言えばいいのかわからないけど」

「一味、足りないんだよ」

「何が?」言葉に出して、チェリーは気がついた。べろだ、もちろん。

「色々、やってみたんだよ。ペーストにしたタンも、ヴァニラも、ベリーも。でも違うんだ。味だけじゃない。舌ざわりも違うんだ。サリー伯母さんのペナンスソースは、もっともったりした、重い質感があったんだ」

チェリーはもう一度、ソースを指につけてなめてみた。繰り返し味わってみるたびに、サリー伯母さんのソースとの違いがはっきりしてくるように思う。

「べろだよ。べろがいるんだ、どうしても」

マルコは思いつめたような表情で言った。これで充分、おいしいじゃないの、とチェリーは言いたかったが、マルコのものに憑かれたような目を見ると、口には出せなかった。サリー伯母さんのレシピを再現するまで、マルコは満足しないだろう。

チェリーはまた、伯母さんのレシピの束に戻った。結局、手がかりはそこにしかないのだ。別の料理で「べろ」が出てきたら、案外簡単に謎が解けるかもしれない。「はわた」みたいに、馬鹿馬鹿しいほどあっけない、単純な解答にぶつかるかもしれない。チェリーはサリー伯母さんのちまちましたひらがなを丹念に追っていった。読んでいくうちに、サリー伯母さんの好みはかなりわかるようになった。サリー伯母さんはローズマリーとナツメグが好きだ。バターは惜しみなく、ふんだんに使う。いきおい、カロリーは高い。ヘルシーフードの流行なんて考えたこともないらしい、と思っていると、エスニックフードにも手を広げていたらしい。べとこん風春巻き、なんてレシピが現われて、チェリーを驚かせた。だが、べろは現われない。ありとあらゆる食材、ハーブ、スパイスが次から次へと現われるのに、謎めいたべろはその片鱗も姿を見せないのだ。チェリーがそう言うと、マルコは考えこんだ。

「もしかしたら、べろは、ペナンスソースにだけ、使われたのかもしれない。何か特別なもの、それなしじゃ、ペナンスソースは完成しない何かなんだ。ティースプーン一杯で、ソースに変化を起こさせるもの。起爆剤なんだ。それが加えられたとたん、ソース全体が何か別なものに変身する。神の指がソースに触れて、奇跡が起きるんだ」

「そんな大げさな……」と言いかけて、チェリーは黙った。子供の頃の化学実験を思い出した。試験管に入っている透明な液。ただの水にしか見えなかった。理科の先生は、アンモニアと書かれた瓶から、スポイトでこれも透明な液を吸い上げた。魔術師のように厳かな手つきで、スポイトから試験管の中に数滴の液体を落とした。透明だった液体が一瞬にして、鮮やかなブルーに変わった。ただの水が突然、海の水の青さを露わにした。

「銅が溶けていたんだよ」先生は、感嘆して見つめる生徒たちに、得意そうな口調で言った。べろは、あのアンモニアの数滴にあたるのかもしれない。試験管の中に大海原を出現させる何かなのだ。

チェリーは目を皿のようにしてレシピを読み、マルコは毎晩、考えられる限りの「べろ」をソースに加えて、実験を繰り返した。

エル・ローブル・ハイの謝恩会のニュースが伝わってきた。アルマンディの料理は好評を博し、特に、去年、マルコを敗北させたシュリンプのサラダは、大勢のグルメたちをうならせたという。チェリーとマルコは謝恩会についても、アルマンディについても、一言も話さなかった。二人の会話は今は、サリー伯母さんのレシピに限定されていた。

 

その時、どんな偶然のいたずらが働いたのか。神の指が触れたのか、それとも、とチェリーは後で思った。悪魔の指だったのか。チェリーは閉店後、サリー伯母のレシピを読んでいた。もう何度も読み返し、ある部分は暗記してしまったほどだ。チェリーはレシピを置いて目をこすった。時計を見る。もう一時をまわった。マルコはまだ、調理場でごとごと動いている。もう寝かさなきゃ、とチェリーがテーブルから立ち上がったとたん、レシピの束が床に落ちて散らばった。チェリーは舌打ちして、拾い集めにかかった。その目が、一点に吸いつけられた。べろ。べろという文字が、確かにそこにある。チェリーの手が震えた。何とか気を落ち着けて、そのわら半紙を拾い上げた。買い物メモだった。サリー伯母さんのちまちましたひらがなで、箇条書きにしてある。えっぐ。おにおん。きゃろっと。あぽー。アップル、と頭の中でチェリーは自動的に翻訳した。次いで生活用品に移る。しゃんぷー。くりねっくす。つすぺいすと―歯磨き粉。その次。べろのそっくす。

突然、チェリーは悟った。目がくらんだ。解答はそこにある。つまらない買い物リストの中から、まっすぐチェリーを見返している。べろ。BILL.ビル伯父さん。サリー伯母さんの無口な夫。ビルのソックス、とサリー伯母さんはそう書いたのだ。

チェリーは買い物メモを握りしめて、調理場へ走った。マルコは煮立った鍋の中を見つめていたが、顔を上げてチェリーを見た。

「どうした?」

チェリーはあたりを見回した。カウンターの上に、マルコが材料と分量を書きつけている紙とボールペンがある。チェリーはペンをひっつかむと、大きく、「BILLS SOCKS」と書いた。

「これ、言ってみて」

マルコは紙を見た。変な顔をした。

「なんだい、これ」

チェリーは気が狂いそうだった。

「いいから言ってみて。大きな声で」

マルコは言った。チェリーは目を閉じて聞いていた。

「もう一度」

マルコは繰り返した。まちがいない。チェリーは目を開いた。買い物メモをマルコに突きつけた。

「べろっていうのは、ビル伯父さんのことなのよ。アメリカ人が発音すると、ビルという名前は、サリー伯母さんには、べろって聞こえたんだわ」

マルコは自分も口の中で、BILL、BILL、BILL、と繰り返しているようだった。ぱっと表情が明るくなった。

「そうだ。それに違いないよ。やったぞ、チェリー」マルコはチェリーを抱きしめると、抱え上げて振り回した。

ようやく落ち着くと、だが、マルコは困ったような顔をした。

「だけど、ビル伯父さんをティースプーン一杯って、どういう意味なんだ?」

「そうねえ…」

チェリーは買い物メモを裏返した。かりーらいすとある。サリー伯母さんは、買い物が終わった後、裏の白紙を惜しんで、メモをとっておいたらしい。そして、後で、そこにカレーのレシピを書き付けたのだ。

「ビル伯父さんの好物の何かじゃないの? お気に入りのソースとか、なかった?」

マルコは考え込んで、首を振った。

「大体、どんな人だったの? わたしはほとんど知らないのよ」

「無口な人だったよ。僕らにも、めったに口をきかなかった。でも、嫌ってるわけじゃないんだ。それは子供の僕らにもわかった。ほとんど家にはいない人だったけど、たまの休日に顔があったりすると、いつもおこづかいをくれた。アイスクリームを買っておいでって。やかまし屋のサリー伯母さんより、僕はよっぽど好きだったな」

チェリーはビル伯父さんの真っ白になった頭、日焼けした顔を思い出した。がっしりした手には青く静脈が浮き出ている。目を細めて空を見上げるのが癖だった。いつも一人で、せっせと庭の手入れをしていた。色鮮やかなばらの花壇をチェリーがほめると、惜しげもなくいくつも切って、大きな花束を作ってくれた。「美しい人にはばらが似合います」

いつも無口なオールド・ロマンチストからの思いがけない賛辞に、チェリーがお礼を言うのも忘れてポカンとしていると、日焼けの上からでもわかるほど赤くなって、逃げていってしまった。そうだ、とチェリーは思った。わたしも、サリー伯母さんより、ビル伯父さんの方がずっと好きだった。ビル伯父さんの笑顔には暖かさがあった。逆に、サリー伯母さんの取り澄ました微笑には、どこか不気味さが漂った。

「僕はよく、ビル伯父さんは何で、サリー伯母と結婚したんだろうと思ったよ」マルコが、遠い記憶をたどるように、考え考え言いだした。

「僕が小学校の三年生か四年生の頃、夏休みに、ラナと二人でサリー伯母さんの所へ遊びに行ったんだ。珍しく、ビル伯父さんが家にいた。裏庭のテラスで、段々になった棚を作ってるところだった。また、サリー伯母さんのわがままが始まったって、僕は思ったよ。自分の気まぐれで、ビル伯父さんをこき使ってるって。でも、そうじゃなかったんだ。それから二、三日してまた遊びに行ったら、棚はできあがっていて、ビル伯父さんは、その棚の上に、せっせと鉢植えを並べていた。ラナが聞いたら、蘭だって言った。あのしゃべらない人が、園芸書まで持ち出してきて、これはシンビジューム、これはカトレアって、ひとつひとつ指さして教えてくれた。僕は大して興味もなかったけど、伯父さんが夢中になってるのはよくわかった。でも、夏休みが終わる少し前、LAに戻る前に、伯父さんの所へお別れを言いに行ったら、鉢植えは全部無くなってた。サリー伯母さんが捨てちゃったんだ。虫がついているのを見つけて、気持ちが悪いって。あの時初めて、僕はビル伯父さんが怒ったのを見たよ。真っ赤になって、げんこつを握り締めて、サリー伯母さんを殴るかと思った。サリー伯母は平然としてた。顔色も変えてなかった。あごを突き出して、ビル伯父に近づくと、低い声で何か言った。何て言ったのかは聞こえなかった。けど、ビル伯父さんは急にぺしゃんこになっちゃった。目を伏せて、うなだれて、しっぽをまたの間にはさんだ犬みたいに、こそこそと家を出ていった。サリー伯母はまた、居間にすわってレース編みを始めた。あとでラナから聞いたんだけど、あの蘭の鉢は、ビル伯父さんの友達の庭師のものだったんだって。その友達が、病気で死ぬ前に、鉢を譲って、世話してやってくれって、ビル伯父さんに頼んだんだって」

「そんな…」

「うん。ビル伯父さんが怒るの、無理ないだろう? でも、結局、サリー伯母さんは思い通りにした。いつもそうだった。ラナが言ってた。昔、サリー伯母さんとビル伯父さんの間に何かがあったんだって。何かはわからないけど、サリー伯母はいつもそれを、ビル伯父さんの頭の上で、鞭みたいに振り回しているんだ。それを持ち出されると、ビル伯父さんは何も言えなくなっちまうんだ」

「つまり、ペナンス、贖罪ってこと?」

マルコははっとした顔になった。

「そうだね。そうかもしれない」

 

二人は再び、幻のソースの探求に打ち込んだ。マルコはビル伯父さんの好物、ビル伯父さんの嫌いなもの―サリー伯母さんの性格を考えると、ありうる話だ―をあれこれ思い出しては、ソースに入れてみた。チェリーはラナに電話をかけた。

「ティースプーン一杯のべろって書いてあるのよ。何だかわかる?」

「さあ…」

「べろって、ビル伯父さんのことだと思うんだけど」

チェリーはサリー伯母さんの発音のことを説明した。ラナは笑い出した。

「べろ、かあ。たしかに、そんな風に言ってたわ、サリー伯母さん」

チェリーは、サリー伯母さんとビル伯父さんの間に何があったのか、聞こうとした。それがペナンスソースの鍵だという気がした。だが、ラナは、知らない、と言った。

「ビル伯父さんは、ああいう、無口な人だったし、サリー伯母さんはもちろん、秘密は全部、墓の中へ持っていったわよ。レシピだって焼いちゃった人なんだから」

 チェリーは落胆した。手がかりなしか。それでも、もう一押ししてみた。

「なんでペナンスソースなんて呼んだのかしら」

「不気味よね。でも、サリー伯母さんって、そういうとこ、あったわよ。変な宗教に凝ってたし」

チェリーはサリー伯母さんの家にあった、奇妙な祭壇を思い出した。白い布を掛けた低い台の上に、十字架と観音像と、それになぜか、茶色い小さな熊のぬいぐるみが並べて飾ってあった。チェリーが持参の菓子折りを差し出すと、サリー伯母さんはうやうやしく祭壇に供えてチンチンと鐘を鳴らし、もごもごと口の中で何かつぶやいた。

「でも、お葬式の時はお坊さんが来たんでしょう?」

「そうでもしないと格好がつかないからよ。本当は神様とも、仏様とも縁が無いの。サリー伯母さんの宗教は誰にもわからなかったわ。自分で祭壇を作って、朝と晩に、伯母さんにしかわからない、奇妙なお祈りをあげるのよ」

「十字架があったわ。それと観音様に、テディ・ベア」

「よく覚えてるわね。花とライスと赤ワインとハーシーの板チョコもあったでしょ。わたし、一度訊いたことあるんだ。花はともかく、なんでライスと赤ワインと板チョコを供えるんだって。そしたら、ライスは神の召し上がりもの、チョコレートは神のお楽しみ、赤ワインは神が喉をうるおされるものです。血は命の水ですからって、そう伯母さんは言ったの。こわーい目をして。あなたも、悔い改めないと地獄へ落ちますよって。早々に逃げ出したわ」

チェリーは笑った。

「あなた笑ってるけどね、チェリー。本当に、そう言われた時にはぞっとしたのよ。マルコも物好きだわ。あのサリー伯母さんのレシピに手を出すなんて」

「ペナンスソースは極上品よ。名前は悪いけど」

「たしかにね。ビル伯父さんのお葬式から、食べてないけど」

何かが、チェリーの頭の中で弾けた。

「シャーリーのお葬式の時は?」

「え?」

「あの後、ビル伯父さんの妹のとこのシャーリーが亡くなったでしょ、車の事故で。サリー伯母さんはお葬式に来なかったの?」

「来てたわよ。いつもどおり、キッチンで忙しくしてた」

「ペナンスソースは出なかったの?」

「出なかったのよ。みんな残念がってた。ドーラ伯母さんの時も。頼んだけど、作ってくれなかったの。ビル伯父さんのお葬式の時が最後だった」

チェリーは気分が悪くなってきた。むかむかする。吐きそうだ。

「もしもし、チェリー?」

「また電話する」どうにか電話を切って、チェリーはトイレに駆け込んだ。

その日、閉店後、チェリーは調理場へ行った。調理場の中は静かだった。一つの鍋も火にかかっていない。ミキサーのうなる音も聞こえない。しんと静まり返った、火の気の無い調理場は寒々としてみえた。マルコは肘をカウンターについてあごを支え、ぼんやりと宙を見つめてすわっている。カウンターの上には、数字を書き散らした紙が散らばっていた。

「マルコ。ティースプーン一杯のべろの意味がわかったわ」

「そう。僕もだよ」マルコの声は平静だった。

「サリー伯母さんは、ビル伯父さんの血をティースプーン一杯、ソースに入れたんだ」

チェリーは鋭くマルコを見た。「どうしてわかったの?」

「それしかないって、そう思ったのさ」

マルコは目の見えない人のように、手探りでメモの束をかき集めた。

「血を料理に使うことはある。豚や鶏やうさぎを殺した時に、その血を取っておいて、仕上げの時に使うんだ。でも、人間の血を使うなんて。考えたこともなかったよ」

マルコは頭を回してチェリーを見た。「君はなぜ、わかった?」

「今日、ラナと電話で話していて、ラナが、サリー伯母さんがペナンスソースを作ったのは、ビル伯父さんの葬儀の時が最後だって言ったからよ。ビル伯父さんがいなければ、ソースは作れなかったんだわ」

チェリーは突然、怒りを覚えた。

「サリー伯母さんはきちがいよ。自分の夫の血を料理に使うなんて」

ビル伯父さんの血を、自分も喜んで食べたのだ。善悪の判断よりもまず、生理的なおぞましさが先に立った。棺に横たわったビル伯父さんの固くこわばった白い顔。わたし達みんな、伯父さんの身体から抜かれた血の入ったソースをトーストにつけ、サラダにかけて貪り食っていたのだ。なんていい人だったのだろうと話しながら!

「僕はさっきからずっと、ビル伯父さんのことを考えていたんだ。どうして伯父さんはサリー伯母さんに血を提供したんだろうって」マルコは低い声で言った。

「サリー伯母さんが要求したからでしょう?」

「うん。でもね、絶対に簡単なことじゃなかったはずなんだ」

「きっとサリー伯母さんと暮らしている間に、ビル伯父さんもどこかおかしくなっちゃったのよ。無理ないわよ」

「うん」マルコは暗い目でうなずいた。

「ソース、どうするの?」

「やめるよ」

「どうして? 鶏か豚の血で代用すればいいじゃないの」

「もう、やってみたんだ。やっぱり違うんだよ。サリー伯母さんのソースの、あの味わいは出ないんだ」

「じゃ、どうするの? コンテスト」

「何か他のものを作るよ」

他のもの……。それで勝てるだろうか。流れははっきり、アルマンディと「ヴィンヤード」の方に向いている。このままでは勝てない。とてつもない幸運、人々の度肝をぬくような快挙、神の指が触れる奇跡が起きなければ、この流れを止め、マルコの方に向けさせることはできない。だからこそ、マルコはペナンスソースの復元にやっきになったのではなかったか。それを、あきらめるという。マルコは再び敗れるだろう。アルマンディは凱歌をあげ、「ヴィンヤード」は町一番のイタリアン・レストランとして話題の中心になり、着飾った人々が足しげく出入りするだろう。「セレスティーナ」、マルコとチェリーが大事に育て上げてきた美しい「セレスティーナ」は、盛りを過ぎた花のように打ち捨てられ、忘れられていくだろう。チェリーは歯を食いしばった。そんなことにはさせない。もし、サリー伯母さんのレシピで、この流れを変えることができるなら、数滴の血が何だというのだろう。

「わたしの血を使えばいいわ」

マルコはぎょっとしたようにチェリーを見た。

「冗談はよせよ」

「本気よ」

「だめだよ。人間の血なんて、まともじゃないよ。それも君の…」

「コンテスト、負けてもいいの?」

マルコの顔がひきつった。

「やりましょうよ。これしか手はないのよ」

 

マルコはガラスのボウルを出してきた。テーブルスプーン一杯のコニャックと、数滴のワインヴィネガーをたらし、かき混ぜた。

「こうしておくと血が固まらないんだよ」

チェリーは細刃の鋭い包丁を左腕に近づけた。薄青い血管が、白い皮膚の下に透けて見える。木の枝のように、二つ、三つに分かれて、一本はまっすぐに手首を横切り、チェリーの手のひらの方に向かって走っている。ちょうど、チェリーの中指から下りてきた生命線が消えるあたりにつながっている。これにしよう。命の水。チェリーは息を詰めて、包丁の刃を押し付けた。冷たい。ぐっと刃に力を加えた。赤い玉が現われた。見る見るうちにぷっくりとふくらみ、皮膚を伝って流れる赤い川になった。チェリーは腕をボウルの上に差し出した。ボウルの中の薄黄色の液体に赤い水が加わる。色が変わる。夜明けの色。マルコはスプーンで液体をかき混ぜた。

「もう、いいよ」

チェリーは腕をガーゼで押さえた。今頃になって、鋭い痛みが脳天にまで突っ走る。チェリーは歯をくいしばった。

マルコは鍋を火にかけて、ソースを温めた。沸騰する前に火から降ろすと、慎重にすくってガラスのボウルに移していく。移し終ると、ゆっくりかき混ぜて、再び鍋に戻した。また火にかける。今度は弱火で、ほんの数分。鍋を火から下ろす。白い陶器のボウルを出すとソースを入れる。軽くトーストしたパンを添える。

「できたよ」

とろりとしたソースは、暗い褐色をしている。マルコはそっと人差し指をソースにひたして、口に入れた。微笑がひろがった。何も言う必要はない。マルコは黙ってソースを指さした。指先にまだ、褐色のソースがついている。マルコは丁寧に、舌を出してねぶった。

チェリーは恐る恐るソースに指をひたした。ほんのりと暖かい。ちょうど人肌の温かさ。泥の色に染まった指を、チェリーは口の中に突っ込んだ。目を閉じて味わった。これだ。魂が震えるような、この味。チェリーは目を開いた。にんまりと笑ったマルコの顔が目の前にある。チェリーは自分も微笑を浮かべているのがわかった。再び指をソースにひたした。トーストにつけて食べた。二人はものも言わず、ボウルが空になるまで、ソースを貪り食らった。

最後の一滴を、マルコは丁寧にトーストで拭い取り、チェリーの口に押し込んだ。

「『セレスティーナ』特製。マルコのチェリーズ・ソース」

マルコはチェリーの唇に軽くキスした。極上のソースの味がした。



ワインの棚

コンテストはマルコの圧勝だった。マルコは、Petti di pollo imbottiti(チキンの胸肉にスピナッチをベシャメルソースで合えたものを挟み込み、軽くパン粉をふってソテーしたもの)に、新鮮なパセリを添え、チェリーズソースをつけた。一切れ、さくりと口に入れただけで、誰の目も驚きのあまり丸くなった。口をそろえて極上のソースだと褒め称えた。ある人は昔懐かしい味だと言った。ある人は新しい境地を切り開いたと言った。ある人は夢で食べたソースの味に似ていると、また別の人は、長年、捜し求めていた味にとうとうめぐりあったと言った。チェリーズソースは、人々の心の琴線に触れて、少しずつ違った音色を引き出す撥のようなものかもしれなかった。魂の奥底を覗き込まれたような気がする、とある人は言った。いや、魂そのものを盗まれたような気がする、と別の人が言った。

アルマンディは自分も一口、チェリーズソースを味わってから、完敗を認めた。一言、このソースの伝統的なイタリア料理としての正当性について、疑いの言葉をさしはさむことは忘れなかったが。

「セレスティーナ」はよみがえった。新しい客を連れて、昔からの客が戻ってきた。調理場にもフロアにも活気が戻り、快活な笑い声がひびいた。

 

「チェリーズソースの人気の秘密はどこにあると思われますか」

アシュリーはシェフに訊ねた。マルコは自信たっぷりの笑顔で答えた。

「それは、職業上の秘密です。ただ、これだけは言えます。チェリーズソースには何十種類という材料が溶け込んでいますが、最後に加える一つが、絶対に必要不可欠なんです。それが、チェリーズソースの全てと言っていいほど、大事な素材なんですよ」

「それは?」

マルコは大きな瞳で、アシュリーの目の奥をのぞきこんだ。

「愛ですよ。チェリーズソースの秘密は、愛なんです」

ハンク・プリチャードは、お釣りを持ってきたチェリーをつかまえた。隅のテーブルにいるマルコとアシュリーの方に顎をしゃくる。「取材かね?」

「ええ。『ヴォイス』の。ロータリークラブのニューイヤー・パーティ、うちがケイタリングすることになったものですから」チェリーの声には得意そうな響きがあった。

「ふむ。結構なことだ。マルコは張り切っとるようだな」ハンクはマルコの紅潮した顔を見ながら言った。

「ええ。マルコだけじゃなく、コックもウエイターもみんな」

「で、あんたは大丈夫なのかね?」

照明を落とした店内でも、チェリーの顔が紙のように白く、血の気が無いのは、はっきりわかる。「どこか悪いんじゃないか」

チェリーは固くこわばった笑顔を見せた。

「ちょっと疲れ気味なだけですよ。コンテストの後、ずっと忙しかったものですから」

「忙しいのは結構だが、少し身体を休めないといかんぞ。尋常の顔色じゃない」

ハンクが帰っていった後、チェリーは鏡を見た。メイクアップでもごまかせないほど、青ざめ、やつれた顔が見返してきた。この頃、チェリーはサリー伯母さんがなぜ、葬式の時にしかペナンスソースを作らなかったか、やっとわかってきた。四六時中、あのソースを作っていたら、ビル伯父はもっとずっと前に墓の下へ入ってしまっていただろう。ティースプーン一杯でも、血を絞り出すのは、命を絞り出すことだ。しかも、作るソースの量が増えれば、必要になる血の量も増えてくる。ソースの人気が高まれば高まるほど、チェリーの顔は苦痛と貧血にやつれていくことになった。

アシュリーは、セレスティーナの一番最近のメニューを見ながら聞いた。

「このメニューには、チェリーズソースが載っていませんね。素晴らしいソースなのに、なぜ、お出しにならないんですか」

「出し惜しみ、ですよ」マルコはずるそうに言った。

「どんなに素晴らしい料理でも、毎日食べると飽きがくるでしょう? なんとも思わなくなる。それじゃ困るんです。チェリーズソースは芸術品。特別な機会に、大切に味わっていただきたいソースなんです。ですから、通常のメニューからははずしました」

「今度のロータリークラブのパーティでは?」

「お出しします。なんと言っても、新しい年の始まりを祝うパーティですし、会長さんからも、特にご希望がありましたから。楽しみにしていてください」

記者を帰すと、マルコは店の裏にまわった。チェリーはオフィスの椅子にすわって、ぐったりと背中を背もたれに預けている。目を閉じたその顔に、以前にはなかった深い皴が刻まれている。肌はつやが無く、かさかさと乾いている。マルコは悲しくなった。チェリーはここ数ヶ月で急に十年も年取ったように老け込んでしまった。

チェリーが目を開いてマルコを見た。

「終わったよ」マルコはチェリーの前のデスクに腰をおろすと、チェリーの手を取った。

「ソースのこと、何か聞かれた?」

「うん」マルコはチェリーの手をもてあそびながら、ためらいがちに言い出した。

「ロータリークラブのニューイヤーパーティ。ソースを出すって、約束したよ」

チェリーは手を引っ込めた。

「ごめんよ」

「いいのよ。出さないわけにはいかないだろうって、思ってた」チェリーは投げやりな調子で言った。

「ねえ、マルコ」

「なんだい?」

「わたし達、サリー伯母さんに対して、フェアじゃなかったわね」

「どういう意味?」

「伯母さんがレシピを焼き捨てたことよ。執念だとか、エゴだとか、散々、悪口言ったじゃないの」

「本当のことじゃないか」

「わたし、今は違う風に思ってる。あれは、サリー伯母さんの良心がさせた行為だったのよ。死の直前になって、サリー伯母さんは正気に戻ったのかもしれない。このレシピを後に遺していくわけにはいかない、そう思って焼き捨てたんじゃないかしら。わざわいの種を断ったつもりだったのよ」

「わざわい?」

「そのレシピをわたし達は復元した。悪夢は続くんだわ」

チェリーは目を閉じた。

 

ジュリアーノ・アルマンディはどうしても納得がいかなかった。マルコがチェリーズソースをメニューからはずしたという。なぜだ? 一番の人気商品じゃないか。あのソースを目当てに、「セレスティーナ」に通ってくる客は多いはずだ。自分なら、メニューからはずすどころか、瓶詰めにして売り出したいところだ。まともな頭をもった料理人だったら、そうしてる。マルコはそうしなかった。いいや、そうできなかったんだ。やつは色々、言い訳をしてるが、あんなのは言い逃れだ。チェリーズソースを出せないわけがあるんだ。それは何だ? アルマンディはさらに妙な話を聞いた。「セレスティーナ」のキッチンスタッフの間の笑い話で、マルコはチェリーズソースを愛するあまり、絶対に仕上げをスタッフにまかせないというのだ。スタッフはマルコのレシピ通りに、鍋一杯にソースを作ると家へ帰る。それから、マルコは一人で最後の仕上げをする。朝になってスタッフが調理場に戻ってきた時には、チェリーズソースができあがっている。アルマンディの好奇心はいやがおうにもつのった。

 十二月三十日の夜、アルマンディはこっそりと、「セレスティーナ」の裏口から調理場に忍び込んだ。明日の夜、ロータリークラブのニューイヤーパーティには、チェリーズソースを出すとマルコは公言した。今夜、やつはソースを作るはずだ。調理場のスタッフはさっき、次々と裏口を出て帰宅していった。店はもう、空っぽのはずだ。マルコと、チェリーと、チェリーズソース以外は。

チェリーズソースはそこにあった。大きな鍋いっぱいに、つやつやしたチョコレート色のソースが作ってある。アルマンディは人差し指を入れてなめてみた。まちがいない。だが……微妙に違う気がする。何か一つ足りない。アルマンディはうなずいた。もちろん、そうだ。これはまだ仕上げ前のソースなのだ。これからマルコがやってきて、何かをこのソースに加えるはずだ。それは何だ?

足音が近づいてくる。アルマンディはあわてて巨大な冷蔵庫の陰に隠れた。薄暗かった調理場に明かりがついた。同時に、ブウンという音がして、換気扇が回り始める。マルコとチェリーが入ってきた。マルコは大きなガラスのボウルを持っている。調理台の上に置いた。鍋に指を突っ込んでソースの味見をした。チェリーは調理台のそばの椅子にすわりこんだ。アルマンディは驚いた。コンテスト以来、チェリーを見るのは初めてだが、まるで別人のようだ。青ざめた頬は落ち窪み、細い目だけがぎらぎらと光っている。

二人は一言も口をきかない。厳粛な儀式のように、不気味なパントマイムのように、二人は沈黙のうちに、チェリーズソースの仕上げをしようとしている。

マルコはガラスのボウルに、何かの液体を入れた。アルマンディは鼻をひくつかせた。コニャックだ。さらにボトルから何かを入れる。アルマンディは目をこらした。ワインヴィネガー。マルコが顔を上げた。アルマンディは素早く冷蔵庫の陰に身を引いた。

「裏口のドア、閉まってるかい?」

「さあ……。閉めたと思うけど」チェリーが投げやりな調子で答えた。

「見てきてくれないか。風が入ってくる」

チェリーが大儀そうな身振りで立ち上がった。マルコは鍋を火にかけて、ソースを温めている。やがてチェリーが戻ってきた。

「閉めたわよ」

マルコは鍋を火からおろした。

「じゃあ…」

マルコの声で、チェリーはカーディガンの袖をまくり上げると、細い白い腕をむき出しにした。ゴムバンドで腕を縛ると、太い注射器を取り上げる。慣れた手つきで血管を探り当てると、ぐいと針を突き刺した。アルマンディは赤い液体が、筒をぐんぐん上っていくのを、魅せられたように見つめていた。筒が一杯になると、チェリーは針を引き抜いた。ガーゼで傷口を押さえ、注射器をマルコに渡した。マルコはゆっくりとピストンを押した。針の先から、赤い液体がピュッと出る。ガラスのボウルの中の液体に混じる。マルコはスプーンでボウルの中の液体をかき混ぜた。まさか、とアルマンディは思った。いかに何でもありえない。だが、その通りだった。マルコは鍋からソースをすくい、ボウルの中に入れて混ぜ始めた。アルマンディは気分が悪くなった。嫌悪感を抑えかねて、思わず、うなり声を発した。

「誰?」

マルコがこっちを向いた。アルマンディは冷蔵庫の陰から足を踏み出した。

「それが、チェリーズソースの秘密かい?」吐き気をこらえながら、アルマンディは辛うじて声を出した。チェリーのソース! なんて名前だ。なぜ気づかなかった? だが、誰が思うだろう。誰がこんな事を……。

マルコは何も言わなかった。チェリーもだ。黙りこくったまま、アルマンディを見つめている。チェリーはまだ、ガーゼで左腕を押さえている。そのガーゼが赤く血に染まっているのを見て、アルマンディはまた、胸の奥から嘔吐感がこみあげてくるのを感じた。

「教えてやるよ。ロータリークラブの連中にも、食品衛生局にも。有名なチェリーズソースのレシピを『ヴォイス』で公開してやる。今まで連中が何を喜んで食べていたか。驚くだろうな、みんな。夢にも思わなかったよ、こんな…」

アルマンディは吐き捨てるように言うと、二人に背を向けて、裏口に向かった。

マルコはアルマンディの告発をぼんやりと聞いていた。アルマンディの背中を夢の中でみるように見ていた。何もかも、現実とは思えない。これで終わりだ、僕も、チェリーも、「セレスティーナ」も。明日には町中の人が知るだろう。「セレスティーナ」は営業停止処分を食らって、閉店するだろう。女王のように誇り高い「セレスティーナ」、栄光に包まれていた「セレスティーナ」は、天の高みから地に落ちて、汚濁にまみれるのだ。マルコの胸の底から、獣の吠えるような声が吐き出された。

マルコはアルマンディに飛びかかった。不意を突かれて、アルマンディはコンクリートの床に倒れこんだ。マルコは奇声をあげながら、アルマンディに組み付いた。ありったけの力で首を絞め上げた。だが、アルマンディの身体は、小柄なマルコの倍はある。あえぎながらも、マルコの腕をつかみ、首からもぎ放した。マルコの顔にこぶしをたたきつけ、身体を入れ替えてマルコの胸の上にのしかかり、あべこべに首を絞めた。息ができない。マルコは必死で暴れたが、胸の上の重い身体はびくともしない。マルコの抵抗をせせら笑って見ている。マルコは両手を伸ばして、その顔をひっかこうとした。目玉を抉り出してやる。二度と笑えないように、口を引き裂いてやる。怒りのあまり、マルコの身体は爆発しそうだ。それでも、両手はむなしく宙を掻き、目の前のにやにや笑いは消えない。マルコの目がかすんできた。気が遠くなってきた。と、突然、にやにや笑いが消えた。喉を絞めつける力が、嘘のようにすっと消えた。胸の上にのしかかっていた重い影がゆっくりとかしいで横に倒れた。

マルコは激しく咳き込みながら、上体を起こした。隣に、アルマンディがうつ伏せに寝ている。白いシャツの背中にいくつか裂け目ができていて、そこから赤い液体がどんどんしみ出してくる。もう背中半分は真っ赤だった。

マルコの包丁を握ったチェリーがそばに立っていた。チェリーの手も、顔も、髪にまで赤い汚点がとんでいる。チェリーは包丁の刃を調べた。先が折れている。

「骨か何かにぶつかっちゃったのね。いい包丁だったのに、残念だわ」

マルコは立ち上がった。

「どこへ行くの?」

「電話。警察を呼ぶよ。やつは無断侵入者だ。レシピの秘密を教えろって、凶暴になったから刺したって言うよ。正当防衛だ」

「スキャンダルはごめんよ。店のために良くないわ」

「どうするって言うんだ」

「エンジェルス・ナショナル・フォレスト。お腹をすかしたコヨーテやアメリカライオンが歓迎してくれる。それに、こんなにたくさんのべろを無駄にするのはもったいないじゃないの」チェリーはしみ出てくる血を指につけてなめた。

「ヴァレンタインデーの予約、もう入ってるの。チェリーズソースがたくさんいるの。ラッキーだったわ。こんなにたくさんのべろが一度に手に入るなんて」

 


ソース

チェリーはベッドに横になって、窓の方を見ていた。ブラインドの隙間から、光の棒が何本も、薄暗いベッドルームに差し込んでくる。その光が、冬の冷たい白から、春の柔らかい黄色に変わってきたのに、チェリーは気がついていた。もうすぐ一年になる。サリー伯母さんのレシピを捜し始めたのは、去年のイースターのすぐ後だった。ラナに電話してメモの束を送ってもらい、ちまちましたひらがなを読み、暗号のような用語の解読に頭を絞り、最後に謎のべろの正体をあばいて、マルコはレシピの復元に成功した。ペナンスソース改めチェリーズソースはコンテストで勝利をおさめ、「セレスティーナ」はよみがえった。ヴィンヤードは店を閉め、アルマンディは行方不明だ。警察も食品衛生局も、誰も何も気づかず、マルコは名声をほしいままにしている。あとはわたしが元気になればそれでいいのだ。この貧血と立ちくらみがおさまって、再び元気に店に立って采配を振るうようになれば、すべてうまくいく。それにしてもこの一年は忙しかった。疲れた。チェリーは目を閉じた。

バタンとドアの閉まる音で、チェリーは目をさました。バタバタと階段を駆け上ってくる音が続く。マルコが入ってきた。手に大きな花かごを提げている。

「気分はどう?」マルコは身をかがめて、チェリーの頬にキスした。

「これ、君にだ。ハンクから」

花かごには、ピンクのばらに白いマーガレット、白いかすみ草が、溢れんばかりにさしてあった。チェリーは添えられているカードを開いた。「一日も早い回復を祈っています。ハンク・プリチャード」とある。なんて素敵なおじいさんだろう。チェリーはばらの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。春の香りだ。

「ハンクだけじゃない。君のファンはみんな、チェリーはいつ戻って来るんだって聞くよ」マルコはチェリーの手を取って、鹿のように大きな、優しい瞳でじっとチェリーを見つめた。「早く元気になって」

チェリーは微笑した。「もうすぐよ、マルコ。もうすぐ。今日は随分、気分がいいの」

マルコは励ますようにチェリーの手をぎゅっと握った。

「店の方はいいの?」

「ホセが見てる。あのね、チェリー、イースターの予約、もういっぱいなんだよ」

「すごいじゃないの」

「それでね、チェリーズソース、ぜひぜひ出してくれって、せっつかれてるんだ」

チェリーは黙っていた。

「材料が手に入ったらって、言ってあるんだけどね。でも、大部分の客は、きっとあのソースを目当てに来るんだろうと思うんだよ」マルコは目を細めて、チェリーの目の奥をのぞきこんだ。「だから、ね、チェリー…」マルコの声が低くなった。

 

マルコが店に戻っていくと、チェリーは再びぐったりとベッドに横たわった。チェリーズソースはわたしを殺してしまう。わたしはもう、あのソースのせいで、半分、死にかかっている。それがわかっていながら、マルコはなぜ、まだ、あの呪われたソースを作ろうとするのだろう。突然、チェリーは怒りを覚えた。マルコはもう、わたしを愛してはいないのだ。痩せこけて、老けこんで、貧血のために立ち上がることもできないわたしなんか、もう、どうでもいいのだ。それならそれでいい。わたしももう、マルコのことなんか、放っておこう。チェリーズソースができなくてマルコが往生しようが、「セレスティーナ」がつぶれようが、わたしの知ったことじゃない。

凶暴な怒りに駆られて、チェリーはベッドに起き直った。チェリーズソースを求めて騒いでいる客、冷や汗をかきながら言訳しているマルコを思い描いて笑い出した。頭をそらせて思いきり笑った。それから、突然、涙をあふれさせた。もちろん、そうはいかない。マルコと「セレスティーナ」はチェリーのすべてだった。チェリーの作品、チェリーの生、チェリーの愛そのものだ。見捨てることは、チェリーの人生のすべてを否定するのと同じことだ。

チェリーは涙をぬぐった。慎重に足を床の上に下ろす。頭がくらくらする。しばらくじっとして落ち着くのを待った。ゆっくりと階段を降りる。わずか数歩で、もう息が切れる。踊り場でしばらく休んだ。息を整えてから、残り半分の階段を降りた。壁につかまりながら、キッチンへ向かう。椅子にすわってまた、しばらく休む。めまいがおさまってから、チェリーは道具を探した。ガラスのボウル、コニャックの瓶、ワインヴィネガー。注射器、腕を縛るゴム。チェリーの腕は、枯れ木のように細く干からびている。これで、べろが取れるかしら。だが、針を突き刺すと、赤い新鮮なべろが、ぐんぐんと筒を昇っていった。逆にチェリーの身体は、闇の中に沈んでいく。薄れていく意識の中で、チェリーはマルコの大きな、鹿のような瞳を思い出そうとした。だが、どういうわけか、マルコの瞳にはいつもの、あの優しい色がない。代わりに、獲物を狙う猫のような油断のならない色が見える。サリー伯母さん! 今ならわかる。サリー伯母さんが、蘭の鉢を捨てた後、ビル伯父さんの目をのぞきこんで何と言ったのか。マルコはさっき、チェリーに全く同じ事を言ったではないか、サリー伯母さんにそっくりの目をして。

もし、君が、僕を愛してくれてるなら……。

愛は貪欲な美食家だ。名前も言葉も故郷も夢も人生も何もかも、すべてを奪いつくし、食い尽くす。命尽きるまで。

 

 イースターの二週間後、チェリーは意識を回復しないまま、眠るように亡くなった。ハワイから飛んできたラナは、呆然としているマルコを励まして、葬儀の手はずをととのえた。チェリーの遺体は、生前の希望通り火葬にふされ、灰は太平洋に撒かれることになっている。

「マルコ。明日、霊廟から戻ってきたら、皆さんに軽い食事を出すんだけれど、あなた、できる? それともわたしが用意しましょうか」

マルコは漠とした目でラナを見た。突然、その目に強い光がきらめいた。

「僕がやる。チェリーの葬儀のための食事だ。僕が作らなかったら、チェリーが悲しむだろう?」

 その夜、マルコは一人でキッチンに立った。冷やしたばだをきゅうぶに切った。せおりーをちょっぷし、みゅうくをかき混ぜ、はわたを鍋に入れて火にかけた。ちょうど一年前、チェリーと二人でひとつひとつ、解読したレシピ。二人の作品。二人の秘密。マルコは微笑しながら、鍋をかき混ぜた。幸せだった。チェリーがすぐ隣にいて、レシピを読み上げているような気がした。おいしいのを作ってやるよ、チェリー。みんなが一生忘れないようなチェリーズソース。

それでも一味足りないはずだ。何か一つ、物足りないはずだ。みんながそう言ったら、胸を張って言ってやる。チェリーズソースは二度とできない。一番大事なもの、最後の仕上げ、決め手になるあるものが、手に入らないから。永遠に失われてしまったから。マルコは微笑みながら、涙をこぼした。

 翌日、キッチンのテーブルの上に、マルコは心を込めて作った料理を並べた。ラナはガラスの丸い器に入っているチョコレート色のソースにすぐ気がついた。

「ペナンス…チェリーズソース?」

「うん」

ラナは人差し指をソースに浸した。ぺろりとなめた。あれ? というように首をかしげた。

「あたしの記憶違いかな? ちょっと待って」

ラナは、マミー、マミーと呼びながら居間の方へ消えた。すぐに、母親の手を引っ張って戻ってきた。「このソース。サリー伯母さんのレシピなのよ。なめてみて」

ラナの母親は、小さく屈んだ背を伸ばすようにして、ソースに指を突っ込んだ。口に入れると、ラナと同じように首をかしげた。マルコの待ち望んでいた瞬間だ。

「違うんだよ。一味足りないんだ。とても大事な、仕上げの一味がさ」

「何が足りないの?」

「べろだよ。べろがないんだ」

「べろ? ああ、いつかチェリーが言ってた。そうか、見つからなかったんだ」

ラナは残念そうに言った。だが、ラナの母親は冷蔵庫を開けて、中をのぞきこんだ。しばらく見ていたが、今度はラナの手を引っ張って、表のドアの方に向かおうとする。

「何? マミイ」

ラナの母親は、入れ歯をはずした歯のない口で何かもごもごと言った。ラナは身体を屈めて、母親の言葉を聞いていたが、顔をあげると、車のキーをつかんだ。「ちょっと行って、買ってくるわね」ラナは母親と一緒に出ていった。

マルコはポカンと、ラナとラナの母親の後姿を見送っていた。買ってくるわね。何を? べろを? どうやって? マルコは椅子にすわりこんだ。動悸が激しい。怖ろしいことが起こりそうな気がする。何か、とんでもなく悪いことが起ころうとしている。

十五分後、ラナと母親は戻ってきた。ラナは買い物袋から細長い瓶を取り出した。

十五インチ高さの、四角い首長の瓶だった。胴の部分にラベルが貼ってある。二本の鋭い角を生やした牡牛の顔。その下に、大きな文字で、BULLS EYES、とある。

「ラッキーだった。セール中だったの。二ドル二十五セント」

そうなのだ。たかだか三ドル、セール中なら二ドルちょっとで手に入る、昔からある、ありふれたバーベキューソースだ。

「わからなかったのも無理ないわよ。べろって言われちゃあね。普通の人は何かと思うわよ。マミーが言うまで、あたしもわからなかった」

ラナはバーベキューソースのふたを開けた。ティースプーンに四分の一ほど入れると、ボウルに加えた。ゆっくりとかき混ぜる。マルコはソースの色が、もったりした茶褐色に変わっていくのを、息を呑んで見つめていた。ラナはスプーンを持ち上げると、先についたソースをなめた。にっこりと笑った。「完成。サリー伯母さんのペナンスソース」ラナは再びスプーンをボウルに突っ込んだ。ソースをしゃくうと、マルコに突きつけた。

マルコは震える手でスプーンを受け取った。毒を飲むようなつもりで、スプーンを口に突っ込んだ。目を閉じて味わった。風味、舌ざわり、とろみ、質感……。僕らはとんでもないまちがいを犯した。もう取り返しがつかない。目の前が暗くなった。すーっと身体から血の気が引いていくのがわかる。チェリー、ごめんよ。

「マルコ、どうしたの? マルコ!」

ラナの声がどんどん遠くなっていった。

 

再び春
セットアップされたレストラン

ハンク・プリチャードは、伝票を持ってレジへ向かった。アシュリーはシャギーの入ったしゃれたショートカットの頭をうつむけて、一心に電卓のキーをたたいていたが、ハンクが近づくと顔を上げた。ハンクは伝票をクレジットカードと一緒に差し出した。

「どうだね。だいぶ慣れたかね?」

「おかげさまで。まだ、失敗ばかりしてますけど、お客様はみんないい方ですから」

アシュリーは二ヶ月前にマルコと結婚し、「ヴォイス」をやめた。たいした原稿料がもらえるわけじゃなし、それよりマルコと二人で、「セレスティーナ」を大きくしていく方が、やりがいのある仕事だと思ったのだ。視察旅行を兼ねてのイタリアでのハネムーンは夢のように素晴らしかった。帰ってきて、「セレスティーナ」のフロアを切り回すようになった。最近は仕事を楽しいと思えるようになってきた。

「来月のイースターディナーに、チェリーズソースは出るのかね?」

「出すつもりです。マルコはそのつもりでいます」

「そいつは楽しみだ。あれは絶品だよ。ただ……」ハンクはちょっとためらった。

「はい?」

「マルコはレシピを変えたかね? ニューイヤーパーティの時に、チェリーズソースのかかったパスタを食べたんだが、前とは少し違うように思ったんだ。うまかったよ。ただ、前はもっと……魂を奪われるような、何か特別なものがあったような気がするんだ。いや、わしの気のせいかもしれない。おやすみ」

 最後の客を送り出し、店を閉めた後、アシュリーは調理場へ行った。マルコは一人で、火にかけた鍋の中身をかき混ぜていた。アシュリーは椅子を引き寄せてすわると、マルコの横顔を眺めた。鹿のように大きな瞳だ。瞬きもせずに、鍋の中でくつくつと音を立てている何かを見つめている。

「何を作ってるの?」

「ぺパーソース。ちょっと辛味があって、シーフードによく合う」

アシュリーはハンクの言葉を思い出した。

「マルコ、チェリーズソースのレシピ、変えたの?」

マルコは顔を回してアシュリーを見た。

「ハンクに言われたの。前とはちょっと違うって。他にも何人かに同じこと聞かれた。変えたの?」

「うん」

「なぜ?」

マルコは答えなかった。

「わたし、料理のことはよくわからないわ。素人ですもの。でも、あのソースは特別だと思った。魂を奪われるって、ハンクは言ったけど、それがちっとも大げさじゃない、そんなソースだったと思うの」

「うん」

「元に戻せないの?」

「戻せるよ。最後の一つを変えるだけだ。ただ、その一つが手に入らなかったんだ、今までは」

「今は手に入るの?」

「入るかもしれない」

「じゃあ、元に戻しましょうよ。その方がお客様は喜ぶと思うわ」

「うん」マルコは鍋の下の火を止めた。棚の上から、細い、鋭い刃の包丁をおろした。先が折れている。

「君、知ってた? クッキングは愛なんだよ。究極の食材は、愛そのものなんだ」

「マルコ?」

マルコは包丁を握り締めた。獲物を狙う猫のような目でアシュリーに近づいた。アシュリーは、マルコの瞳の中に、今まで一度も見たことのない色を見た。

先の欠けたナイフ

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